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またの名を、気ままに自宅で映画鑑賞別館

交差点に舞う風(25)

『交差点に舞う風』 

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 大型免許を取得し順調に仕事をこなす島田へワン切り着電が入る。

詐欺ではないかと履歴から削除したが、ある日、見覚えのない

携帯番号からの電話は一度で切れることなく延々と鳴り続けた。

     ※この物語はフィクションです。登場する個人名・団体名などはすべて架空のものですが、

     素人による執筆の為、誤字、脱字等々、お見苦しい点があることを予めお断りしておきます。

 

 

「そういや今月車検だったな」

 いつものように自宅を出た私は、ふとフロントガラスに貼られた数字に、整備工場から送られたはがきを思い出す。期日までは曖昧だったが、とりわけ今の私を驚かせるほどのものでもない。店に着いたら確認しよう。そのくらいで意識の中から薄らいで行く。

 月日にしても同様だ。今月に入ってから恵理香の部屋と自宅とを交互に行き来してるせいか、一日一日がまるで車窓を流れる景色のように淡々と過ぎ去り、私を着実にその日へと向かわせる。とは言うものの、焦りも不安もなく、寧ろドラマの最終回でも見ている気分で日に日に増える荷物を眺めていた。

 圭ちゃんを飯に誘ったのは、いよいよという衝動に駆られたからに違いない。それほど私に残された時間はなかった。たまたま居合わせた浅利も、すぐに晴れやかな声を上げる。

 普段ならここで一気に盛り上がるところなのだが、私はあえて仕事の打ち合わせとそれを抑え込んだ。『ナポリ』に着いたのは八時頃だった。

 当たり前のように食事を済ませたあと、私はドライブに行かないかと圭ちゃんを連れ出す。さすがにこの頃になると圭ちゃんも、ただの打ち合わせではないと気付いたようだ。

 浅利を拒むほどの話とはいったい・・・・。

「・・・・決まっちゃったよ」

 やがて私は意を決したように呟いた。

「決まった!?」

「ああ‥。真由美と・・・・別れることになったよ」

「別れる!?・・・・って離婚ってことですか!?」

 走破性に優れるBMがふらついたほどだ。余程圭ちゃんも驚いたと見える。

「フッ‥今まで何度も言い掛けたんだけどさ・・・・。なかなか言い出せなくてな」

 呆れ果てた笑いは、今頃になって打ち明ける自分に対してのものだった。

「‥でも‥まだ‥本決まりってわけじゃ!?」

「圭ちゃんにはすまないと思ってるよ。こんな大事な話をずっと黙ってたんだからな」

 僅かな可能性を探った圭ちゃんも、私の口調に一掃されたのか、しばらく何かを考え込むように黙り込んだ。

「それで・・・・届けっていうか?」

「一応・・・・明後日に出す予定だ」

「明後日!?・・・・二十日ですか」

「ああ‥」

「‥二十日」

 突然聞かされた日取りは、回避する余地もないほど緊迫した状況と、圭ちゃんにも受け取れただろう。ハンドル操作にも身が入らなくなるのも当然だ。

「・・・・何か買ってきます」

 車を大型トラックで混み合うコンビニの駐車場に乗り入れると、圭ちゃんはいそいそと明かりに向かって駆け出して行く。ドアミラーに映る後ろ姿が、心なし私には複雑に見えた。

「ちょっと寒いから、迷っちゃいましたよ」

 戻るなり圭ちゃんは、明るい口調と共に温かいコーヒーを差し出した。

「フッ‥。話も寒いからちょうどいいだろ」

 と、笑いを繕いながら私はそれを口にする。ドイツ車の独特の香りにコーヒーの香りがブレンドされた。

「しかし、現実に聞かされると・・・・やっぱりなんて言うか驚きますね」

 圭ちゃんの微妙とも取れる台詞に顔を向けると、

「いや、いつだったか智美の奴がね、それらしいこと話したことがあるんですよ」

 と、以前私の家を訪れた時の話を持ち出した。どうやらその時に智ちゃんは、真由美から何か感じ取ったらしい。

「女同士だからなんて、その時は偉そうなこと言ってと思いましたけど‥‥」

「俺への愛情がまったく感じられなかったか・・・・」

 前々からずっと感じていたことだからか、私の口調に驚きはなかった。

「島さんから折り合いがなんて聞かされた時は、さすがに智美が言ってたことが頭を過って・・・・」

「フッ‥。智ちゃんには見抜かれたんだな」

「・・・・俺にはそこまでには見えなかったですけどね」

 少なからず感じてはいただろうに。気遣う圭ちゃんに私は小さく首を振った。

「いいさ‥もうどっちだって」

 投げやりに呟いたあとで、私は何年も前から冷め切った関係であったことを打ち明けた。

「仮面の夫婦!?」

「あぁ、俺達が夫婦なのは戸籍上だけってことさ」

「じゃ~、原因はやっぱりそれですか?」

「いや、何がって言ったら俺の浮気だろうな」

「浮気!?・・・・島さんの!?」

 予想もしない展開に思わず圭ちゃんは口をあんぐりと開く。

「まぁ‥な」

「じゃ、それが真由美さんに!?」

「フッ‥。言ってみりゃ駄目押しみたいなもんだけど──」

「そう‥だったんですか・・・・。全然気がつきませんでしたよ」

 と、圭ちゃんは気忙しくタバコを点け、大きく煙を吐き出した。

「薄々はって思ってたけどな」

「いや~・・・・」

「いずれにしろ、もっと早く話すべきだったんじゃないかって」

しみじみとした声で詫びると、今度は圭ちゃんが小さく首を振った。

「誰にだって、人に言えないことはありますよ」

「言えないことか・・・・。でもな・・・・」

「それで十分ですよ。島さん!」

 私は次の声を失った。正しくは圭ちゃんの心遣いが喉を締め付けたのだが、圭ちゃんにしても次の言葉を探しあぐねているように見えた。

「ホットでいいか?」

 何か心苦しい気配を察した私は、笑いと声を振り絞って外へと出た。それでもしまい込んでいた秘密を少し解き放したからだろうか、私の足取りはどことなく軽やかだった。

 キュルル・・・・ブォーン!!

  二本目のコーヒーが空になると、圭ちゃんは眠っていたエンジンに火を入れ、車を国道の流れへと乗せる。そして、シフトの両脇にあるスイッチを手際よく押し、運転席、左後部座席と対角線に窓を開けた。すぐにひんやりとした空気が舞い込むが、寒さよりも先に気分転換が身体を包み込んだ。

「寒くないですか?」

「いや!!」

 定番とも言える会話が遥か後方へと消え去った頃、

「──俺もたぶん同じことになってたでしょうね」

 と、圭ちゃんはポツリと呟いた。

「いや、俺がもし島さんだったらって考えてたんですよ」

「俺だったら!?」

「ええ。ま~もっとも、俺だったらとっくに別れてたかもしれないですけどね。智美とちょっと会わないくらいでも、あの様ですから──」

 と、以前、店で知り合った洋子さんことを引き合いに出した。

「でも圭ちゃんは独身なんだぜ」

「そりゃ~、確かにそうですけど‥‥」

「でも、そう言ってもらえるだけで何だか救われたような気がするよ。フッ‥、実のところ未だにこれで良かったんかなって迷う時があってさ」

と、私は心に蟠りが残ってることを伝える。

「さとちゃんと、ち~ちゃんのことですか?」

「まぁな」

 と、ため息にも似た返事を漏らした私は、真由美から出された離婚の条件を話して聞かせた。

「え!?二人ともですか!?」

「あぁ!実家の親も娘と孫は近くに置いときたいんだろ。いつだったか、こっちで店を出せって、行く度に言ってたからな」

「向こうで!?」

「ああ。店も家も建ててやるから、こっちで暮らせって。フッ‥。毎度そんな話になると俺も足が重くなるっていうか──」

「一人だけでも引き取れなかったんですか?」

「それで穏便にってことなんだろ。俺もいろいろ考えたんだけどな。結局、姉妹は一緒に居た方が良いかなって」

「ま‥そうですね」

「ホントは家族もって言いたいところなんだけどな・・・・」

「もう‥会えなくなっちゃうんですね・・・・」

 二人の顔でも探すかに、圭ちゃんは視界の遥か先を眺めた。ぼんやりとした私の目にも次々と思い出が映し出された。まさにそんな矢先だった。

「あっ!?」

 突然とも言える声に顔を上げると、

「島さん!?あれ!?」

 と、圭ちゃんは数百メートル前方を指さした。思わず身を乗り出す視線の先には、数にして数十個という華やかな丸いランプが灯っている。もちろんそれは言わずと知れた大型トラックのもので、二人にとっても見覚えのあるものだった。一気にスピードが増したのも、恐らく誰なのかを確認しようとしたのだろう。

「夜叉連合か!?──」

「中島さんですよ!島さん!」

 法定に毛が生えた速度のトラックである。追いつくのは容易いことで、すぐにテールに貼り付くと、私達はしばし自ら手掛けた仕事を眺めていた。

「やっぱり、このレイアウトは目立ちますね!」

「ああ、ホント良い仕事してんな~!!」

 赤々と灯る光にすっかり豹変した私達は、声高らかに笑いを交えていたが、ハンドルを握る圭ちゃんも必要以上に前を覗こうとはしない。何より後ろから煽りかける行為を嫌っている圭ちゃんだ。追い越し禁止云々の前に、それと見える動きを避けたのだろう。

 加えて国道とはいっても、古い旧道の道幅は驚くほど狭く、大型車の擦れ違いなどは回りが肝を冷やすほどである。実際、車線を越えた車がここでは何台も犠牲になっている。

「しっかし、こうして目の当たりにすると良いもんですね~!!」

「まったくだ!それも特に夜だろ!そういや、誰だったか自分の走ってる姿が見えねぇって、ぼやいてたっけ!?」

「あ~!それって奈良さんですよ!」

 もう少しで片側二車線のバイパスに出る。ましてや急ぐ理由もないと、私達は好き勝手なことを言いつつトラックの後ろを追走していた。

 古い街並みが消え去ると、黄色いセンターラインも同時に途切れ、右側には新しい車線がお目見えした。ならばと言わんばかりにハンドルを切り込むが、右側の車線に躍り出るなり圭ちゃんは奇声を発した。

「す・・すげぇ!?」

 私も目を疑った。今まで一台だと思ってた大型の前にも、さらにその前にも前にも大型が走っている。それがまるで外国の長距離の貨物列車のように延々と繋がっているのだ。 ざっと数えても十や二十ではきかない。それもすべて同じグループと思われる飾り込んだトラックとあれば、さすがに電飾を消していても度肝を抜かれるというものである。

 寧ろ私はそのスケールに笑い出していた。

「そういや、鈴木さんが話してたっけ?」

 慌てて窓を開けて私は圭ちゃんに叫んだ。

「あ~!!何年に一度のでっかいイベントがあるって!!」

「それに今向かってるとこか!?」

「‥つったって何台居るんですか!?」

 圭ちゃんに車を中島さんの横に着けるように話すと、私は全開にした窓から顔を突出し運転席に向かって手を振った。

「お~っ!!島さ~ん!!」

 圭ちゃんも窓を開け右手を大きく揺さぶった。

 バッ!!バーーーッ!!パーーッ!!

 ビッグホーンの音に圭ちゃんの愛車も応える。その前もその前のトラックにも同様なことを繰り返していく。ダカールイエローのZ3では無かったせいか、中には気が付きにくい人も居たが、無線で聞いたのか慌てて手や顔を出して応えてくれた。

「島さん!南雲さんですよ!!」

「お~!昨日仕上げといて良かったな~!」

 そう圭ちゃんと笑い合った時だった。誰かが号令を掛けたのか、延々と連なるトラックが一斉にライトアップして見せた。それもほぼ同時というタイミングである。

 思わず私は呆然となった。

 どこまでも続くかの夥しい光の列。綺麗だとか凄いとかの表現すら見失った私は感動を通り越して涙さえ滲ませていただろうか。

「イヤッ!ホ~~ッ!!」

 雄叫びを上げる圭ちゃんからも容易に察しが付く。片手運転のまま、ワープしたように加速を続ける様は、完全に逝ってしまったとしか言いようがなく、ほとんど私も呼吸が出来る状態ではなかった。ホーンなどもう鳴らしっぱなしに近かった。それでも出来る限り手を振り続けた。しかし、終いにはそれさえも断念しなければならなくなっていた。

 アルピンホワイトのボディに、一体どれくらいのきらびやかな装飾を映し込んだだろう。 果てしないと思っていた列も、圭ちゃんの人間離れした運転のお蔭で、いつしかその最前列にまで達しようとしていた。

「イエ~ィ!鈴木さん!!」

 これだけの速度で走ってもトラックが識別出来るのだから、圭ちゃんの動体視力にも恐れ入るが、減速の仕方も半端ではなかった。加速時と同様に左手一本で瞬く間にギアを落として行く。右手は相変わらず窓から出している。つまりシフトレバーに触れている間は、ハンドルに添える手は何もないのだ。無論、シフト操作ぐらいでは止まれる速度ではない。

 足での強力なブレーキも重なってか、BMは前傾姿勢のまま、動物か何かが身震いするように減速を続けている。その凄まじいGに私はしがみつくのがやっとで、シートベルトをしていても前へ飛んで行ってしまうのではないかと思ったほどだ。それでも318は見事なまでに鈴木さんのトラックと鼻先を揃える。

 私は恐怖を覚えつつも、圭ちゃんが惚れ込んで止まない、BMWという車の神髄を垣間見た気がしてならなかった。

「やっぱり頭で引っ張ってるのは鈴木さんか!」

「お~!島さ~ん!圭ちゃ~ん!」

 窓から手を振っていた鈴木さんは、突然その手にマイクを握ると、

“そこの白のBMW!スピード違反です。ただちに左に寄って止まりなさい”

 と、拡声器からそれらしい声を響かせた。私は笑いながら窓から出した頭を何度もペコペコと下げた。

“いや~、無線聞かせてやりてぇ~よ!みんな最高だって大笑いさ!”

「気を付けて行って来てください!みんなにもよろしく!」

 手を口に当てて声を張り上げると、

“最高の見送りありがとう!もう圭ちゃん事故んなよ!”

 と、派手なパフォーマンスに灸を据えた。

 背後に煌々と続いていた光が消え去ったのは、鈴木さんの声が消えた直後だった。車幅を示す灯りやヘッドライトは点いたままだったが、その艶やかさで言ったらあまりに対照的。差し詰め夥しい列は闇の中へ取り込まれてしまった感じだ。もっともこれだけの光を灯した一行が走ってれば、例え法定速度でも警察が出動する事態になるかもしれない。同時に、私はいつぞやの五十嵐さんの言葉を思い出していた。

「ここぞという時に点ける・・・・か」

 些細な声は風にかき消されてしまったものの、私の胸は妙な温かさに包まれていた。

 その後、鈴木さんの前に出た私達は、しばしハザードを点滅させながら一行の先導車を務めた。

「──それにしても圧巻でしたね」

「いや~、まさに言葉が出ないってやつだな」

 バイパスを外れてからも車内は彼らの話題で持ちきりだった。

「しかし、さっきは死ぬかと思ったぞ!」

「ハハッ‥。ちょっとやり過ぎましたかね!?」

「ま、腕は信用してるから良いけどさ~!」

「それにしちゃ、島さんの足突っ張ってませんでした!?」

 数分前に繰り広げられた出来事が、どうやら私達の口調も一変させてしまったようだ。

「フッ‥。お蔭で良い気分転換になったよ」

「俺も久々にスカッとしましたよ!」

 軽さのあまり弾んでいる。二人の会話からも心中が伺える。

「あ~、俺も次はBMにすっかな~!」

「おっ!?どうしたんですか急に!?」

 何気に出た話題も格好の餌だったと見え、圭ちゃんの喰い付くスピードは思いの外速かった。

「いや~、あれだけの動き見せられちゃうとな~」

「あれ!?さっきは腕はって言ってたじゃないですか?」

「ま~、それはそれ!これはこれってな!って言っても車検の予約入れちゃったから少し先だな。いずれにしろそんときは言い値で買い取るから一声掛けてくれよ」

「え!?じゃ~まさかこれ!?」

「フッ‥。どうせなら素性を知ってる車が良いだろ?それに右だしさ」

 そこまで話すと圭ちゃんは突然笑い出し、なぜ右ハンドルを選んだのかを聞かせてくれた。

「え!?俺に運転を!?」

「ええ。島さんにもドイツ車の良さを、ダイレクトに感じてもらおうかなって───」

 圭ちゃんから聞かされた話に、私は驚きと喜びを感じていたが、買い上げる話を聞いた時の圭ちゃんの表情も、実は同じだったかもしれない。

「島さんにだったら格安で出しますよ!」

 圭ちゃんの明るい声を耳に、私は次期愛車となるであろう車を眺めた。しかし、その時はまだ運転席に座る自分の姿までは見えなかった。

「ま、せいぜいその時まではぶつけないようにしてくれよ」

「大丈夫ですよ!その時は値引きいれますから!それにちゃんと保険にだって・・・・。ん!?」

 四方や忘れたのではあるまい。私がそう言い掛けた時だ。

「もしかして・・・その相手の人って保険屋の!?」

 圭ちゃんは何か閃いたように私の顔を見つめる。一転して逆戻りする話に多少戸惑いはしたが、影が差しこむほどでもなかった。

「フッ‥。さすがにって言いたいとこだけどな──」

「違う!? ───」

「でも当たらずとも遠からずってとこだな」

「遠からずですか!?」

 もったいつけた言い方だったかもしれない。しかしながら、それが今の自分の胸の内なのだろう。

「実は保険屋ってのはお姉さんでさ」

「お姉さん!?‥え!?」

「ま~、単純に言えば付き合ってるのがバレてね。それで妹とどうするつもりだみたいな話になったって感じかな!?」

「あ~」

 それでも圭ちゃんが一つ頷くごとに、私の心は徐々に軽くなって行っただろうか。