交差点で見た色(11)

『交差点で見た色』 

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 仕事の都合で久しぶりに教習所を訪れることになった島田。

 場違いな雰囲気を感じつつも、あの頃という時間をどこか懐かしんでいたが、

 教習が進むにつれ、ある女性への関心も増していくのだった。

    ※この物語はフィクションです。登場する個人名・団体名などはすべて架空のものですが、

     素人による執筆の為、誤字、脱字等々、お見苦しい点があることを予めお断りしておきます。

 

 

 渋いはずの扉はスッと軽く開いた。

 期待通り、いやそれ以上に楽しめた教習が理由に違いないと思った。

 親しい人でもいたら、つい騒いでしまいそうなテンションも、扉一つくぐり抜けた途端に、押し殺さなければならない雰囲気は相変わらずだが、それでもひっそりとする空間がいつもと違い、肌ではなく心に伝わる温かさとでも言おうか、それが妙に落ち着きを与えるのだ。

 腰を降ろした長椅子も同様で狭苦しさは感じない。

 ゆったりと身体を預けた後、タバコを燻らし、ため息混じりに吐き出した煙りを満足そうに眺めた。

 薄らいで行く白を見つめる穏やかな目には、ようやくここの一員になったのだと言う安堵感が漂っていたことだろう。

(しかし、面白かった~!)

 心の底から沸き出すような感情に、何度か一人で笑いそうになるのを必死にこらえたりもした。感心をよそに移そうとしたところで、不慣れな実習を前に緊張顔の生徒には申し訳ないが、私自身きっと爽やかな顔をしていたに違いない。もしくはそんな顔を押し殺そうと努めた顔だったかもしれない。

 楽しいことも素直に現せないのはもどかしいことである。

 ファイルから取り出した手帳をじっくりと見つめと、黒と白だけの世界に突然と現れた青が、とても新鮮に映った。

(原さんか・・・・・・)

 終了印にある名前と、つい先ほど隣り合わせにしていた教官の顔を照らし合わせながら、二人で交わした会話や、目の前に広がったコースなどを回想していた。

 少しするとまたファイルに戻し、退屈そうに辺りを眺めたりする。不意に視線を送った先にいる彼女の顔も、気のせいか穏やかに見え、することがなかったのか、同じようなことを繰り返した。

────「じゃあ、バックで車庫に入れるから、頭を向こうに振って・・・・」

 初めての実技での車庫入れは、まさに大型ならではの話であり、そんなレベルの高さに心地よさも感じた。

「はい、そこで切って・・・・そうそう。はい戻して・・・・そのまま真っすぐ・・・・」

 トラックと言うのは前も横もしっかりミラーに映るため、大きさにさえ慣れれば案外乗り易いものだと実感しても、バックとなるとやや話は違い、乗用車とは掛け離れた場所にある見えない後部がなかなか掴みにくいものだ。ましてや初めて大型の教習に訪れたばかりの生徒では、ミラー一つを頼りに後退するのは不安なことであろう。

 以前この手の駐車は何度と無く経験して来た私と言えど、果たしてどこまで下がって良いものかわからず、ひとまず教官の声に従うことにした。

 教習所であるからして、恐らく後に障害物があるとも思えないし、何か目安となるものがあるはずだと目を凝らすも、何分薄暗い車庫ゆえ徐々に下がるに従い、後にある壁との距離が気になって仕方がなかった。

「はい。もう少し・・・・オーライ・・・・オーライ・・・・」

 ミラーで確認しながらも、頼りになるのは教官の声だけである。

「はい。この辺でいいよ。ほら、窓の中心とあそこが並んでるだろ?だいたいこんな感じで止めればいいから」

 やっぱり目印になるものがあったか。それが素直な感想だった。

「お世話様でした」

「はい。ご苦労様でした」

 ドアを開けた途端に吹き込む風は、寒いよりも爽やかに感じた。清々しさに覆われた心がそう思わせたのかもしれず、車まで向かった足取りとは対照的なほど帰りは軽やかであった。

 振り返ることで体を温めるように、だんだんと全身に広がって行く充実感。すると、もっと早く来れば良かったと言う、後悔にも似た思いが沸き出すのであった。

 ただそれも今だから思えることなのだろう。

 結果として須藤の免許が引き金になったとは言え、もしかしたら私をここに導いたのも、予め描かれていたシナリオだったのだろうか。そう考えると、全く面識のない教官から聞く他愛もない話とて、なぜか意味有り気に思えたりもする。

(もうじきだ・・・・)

 続けて行われる教習の時間が迫るにつれ、ワクワクと体中に流れ出す気持ちの逸りを、押さえ込むようにお澄ましを決めたところで、つい時計に目が走ってしまう。

 あまりにも頻繁だったのか、まるで壊れて止まっているのではないかと思う有り様で、ならばと今度は目を閉じたりして時の経過を待つことにした。

 人が見たら瞑想か居眠りかは別にして、視界を閉ざすことにより得られる暗闇の世界は、若者犇めく場違い的な環境をも遮断するようで、事のほか落ち着ける場所であることに気づく。

 周りに居る生徒と同じ容器に入ったとしても、どうしても混じり合えない水。

 それが掛け離れた年齢なのだろうかとも思ったりした。

 本来、教習所とはそんな雰囲気が漂う場所だと言ってしまえば、広告のポスターなどで見受けられる爽やかなまでの免許取得の案内に、夢を描いている人に水を掛けるようだが、それもまた現実なのである。

 数カ月単位の短い期間で、入所から卒業までがまちまち、その上、学科や実技の授業も一日のうち二、三時間程度では生徒間のコミュニケーションなど計りようがない。従って隣に座る人の名前を知らなくても当然と言える。

 もっとも自動車学校側からすれば、それらは必要以外のことで、真面目に静かに教習を受けてくれれば良いということになるのだろう。

 一人巡らせた思いは、見えない景色に広がり出す周囲の音によってかき消されて行った。

 生徒同士のひそひそ話、あの低い声は教官だろうか、ゆっくりとしたテンポで歩く足音からきつそうに開くドア、独特の世界が浮かび出すにつれ、姿や仕草までもが見えるのではないかと、つい真剣になったりした。

 あちこちと徘徊させても誰に悟られることもなく、男がただ座っているだけにしか見えない。くだらない行為も見方を変えるだけで、不思議な楽しみ方が出来るものである。

 集中するほど静かだと感じていた空間に存在する様々な音、つかの間だが何もかも忘れ夢中になった。

 やがて正面辺りからほんのり聞こえた声に、引き寄せられるかのように傾く意識、恐らく声の主が誰であるかすぐに察したからで、それまで聞こえていた音すら頭に残らないほど、聞き覚えある彼女の声で満たされてもいた。

 予約のやり取りをしている光景がうっすら浮かんでも、内容はどうでもいいことだったのか耳には届かず、ただじっと穏やかな口調だけを受け入れようと耳を澄ませた。

 物事をしっかり考えてから話すのではないかと思わせる僅かな間が、とても心地よく響き、淡いピンクの色に包まれた唇の動きまでが見えるような気がした。

  時計の針が気になり目を開けたのは、その声が途切れた時でもあった。

 幻想的な世界は一転し現実が視界に開ける。

 ちょうど五分前だった。

 席を立ちカウンターに向かって歩きだしても、置かれた乗車券より声の主に近付くことの方が気になり、つい視線はその顔を捕らえてしまう。するとこちらを見る彼女と目が重なり合い私はじっと見つめ続ける。なぜか何か言いたそうなほどその目は私を引き込もうとしていた。

 もちろんそれは他愛もない話でもしてみたいと、一瞬過らせた思いが見せた幻想に違いないことで、現実は世間話をする時間は愚か、何よりもそんなことを許さぬ雰囲気が彼女との距離を妨げてしまうのである。

 許されているのは自分のカードを手にし、次の教習に向かうことだけだった。

 乗車券に押された三号車の印。

(また三号車か・・・・・・)

 愚痴にも似た台詞も内心ではホッとしていた。

 トラックの癖を探るのが減る分、運転や話に集中出来ると思ったからで、今回はいくらか楽に乗れるだろうと、一つ鎖が緩められたゆとりを従え早々と車庫を目指した。 乗り終えたばかりのトラックの横で場内を見渡していた私は、ふと先ほど見た彼女の目を思い出している。とても気になっていつまでも残像として揺れ続けた。

「よろしくお願いします」

 荷下ろしでもして来た後か、ドライブインでつかの間の休憩の後のように、腰掛けた座席と一体になった。

 調整不要のポジションも連続して乗るメリットの一つである。

「はい、じゃあ出ていいですよ」

 軽い口調の合図で先ほどと同様、外周へと車を走らせる。

「そうしたら南のところを右折してください」

 ちょうど一周回った辺りで教官が言う。

「南ですか?」

 私は答えながら方向を頭で整理していた。

 一度中心にある交差点まで行くよう指示され、信号を左折し再び外周のコースに戻ると、先ほどとは逆の内回りになった。

 すると、左後輪と縁石との間に目が奪われ、写る映像の中に久しぶりである怖さと懐かしさが同居したせいか、進行方向から一転する景色の楽しみも減った。

 特に四つあるコーナーは、開け過ぎず寄り過ぎずの距離、つまりは教官が望ましいとする間を保とうとミラーは多用される。

 はじめは直線が短くスピードも出ない内回りが、どうして二時間目なのかと疑問だったが、走って見てなるほどと理解するのであった。

 しかし気を使うのもそこだけ。

 数周もすればあとは前回同様で、緊張に至っては遥かに短かく、平凡なコースをただ黙々と周り続けた。

 正しくは回り続けなければならなかったと言うほど、逆回りだけでは刺激も少ない。 おまけに内回りは一周も短いため自ずと周回数も増える。

 飽きていらだちが顔を覗かせたとしても仕方のないことかもしれない。

 口にはもちろん出さなかった。

 だがそれを紛らそうとしたのか、走りながら視線はコース内にある、様々に形作られた道を眺めている。

 以前乗っていたことから、S字でもクランクでも問題なく出来る自信が、かえって災いになったようである。またそれを紛らせてくれるような、個性あふれた教官でなかったのも理由として大きく、会話は上の空に混じり合うだけだった。

 きっと終われば判を押すタイプと言う匂いを教官に感じ取れたから、尚更話も弾まなかったのだと思う。

 人間とは勝手なものだ。

 あれだけ楽しみにしていた教習なのに、今は退屈でイライラしている。運転が散漫になってはと、気持ちを切り替えようと仕切りに何か別のことを考えるよう努めた。

 建物付近を走るうち、なんとなく予約席の彼女が浮かび、乗車前に過ったことを思い出したりもしていた。

 通過しては忘れ、視界に現れると考える。

 やがて、見えるかもしれないと言う意識に駆られ、正面に建物が広がりだすと、らしい場所を探して見たりもした。生憎、もっとも近付く頃には、ちょうど角のコーナーに差しかかるため、視線は反対側のミラーに追いやられてしまい、おちおちとよそ見をしているどころではなかった。

 何度かそんなことを繰り返していた。

 滑稽だと思った。

 見えたとして何になるのだと自分に問えば、あまりにも意味のないことで答えを探すまでもない。そう思った途端に彼女は霧のように消え、代わって予約と言う文字が頭にひらけた。

 恐らく彼女イコール予約と連想したようである。

 思えば良くも悪くも教習を満喫していたせいか、この時間限りで後々の予約は白紙だということをすっかり忘れていた。そして思うように取れなかったあの日の光景が蘇って見えたりもする。

 あれから何日経っているのか・・・・。

 まだ混んでいるのか・・・・。

 果たして次はいったいいつになるのか・・・・。

 目まぐるしく浮かぶことは焦りを煽り立て、周回を続けるだけの教習を余計無駄に感じさせてしまう。走っている時間さえ歯痒かった。

(これが終わったらすぐ予約を取らなきゃ・・・・・・)

 ごく当たり前に出た台詞に私は驚きさえ感じた。

 彼女のところに行けると言うことを、なぜか隠そうと体裁の良い言葉に変えてしまっていたからである。

 むしろ素直に楽しみにしていると思った方が、変ないやらしさが無くてよかったかもしれない。それとて楽しもうと訪れたことに通じると思えば、意に適ったことに過ぎないのである。

 そうだ。何も人に告げることでも無い。

 楽しく感じられるものが一つ増えただけのこと。これからはそう思うことにしよう。 気分を切り替えて運転に身が入ったのは、皮肉にもそんなことを考えてからで、気が付けば横で終了印を押す教官の姿があった。

「あの~・・・・4019ですが、予約をお願いします」

「はい」

交差点で見た色(10)

『交差点で見た色』 

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 仕事の都合で久しぶりに教習所を訪れることになった島田。

 場違いな雰囲気を感じつつも、あの頃という時間をどこか懐かしんでいたが、

 教習が進むにつれ、ある女性への関心も増していくのだった。

    ※この物語はフィクションです。登場する個人名・団体名などはすべて架空のものですが、

     素人による執筆の為、誤字、脱字等々、お見苦しい点があることを予めお断りしておきます。

 

 

 車内は冬の日差しをいっぱいに受け、上着など羽織っていると、わずかの時間ですら不快になるほど温かかった。

 だから尚のこと、寒々と感じさせる外に出たとき、生き返ったような安堵に包まれるのだった。

 冷たい風は心地良いだけでなく、気分転換も与えてくれるような気がした。

 上着のままでは運転しずらいと言うよりも、とても残された時間を過ごすのは無理だと、車の前で慌てて上着を脱ぐのだが、既に助手席に座る教官の視線は、私をせかすようにもとれる。

 教習開始の時間が遅かったことが、自分自身を焦らせてそう見えたのかもしれない。

 待たせては申し訳ないとばかりに、軽快な動きで身支度を済ませ、いざ乗り込もうとドアのノブに手を掛けるのだが、なぜか手を引くのをためらった。

 咄嗟にこのまま開けてはまずいのだと、遥か昔の教訓が体にブレーキを掛けたようだ。

 それが何であるかはすぐにわかった。

 自分で見ると言うより、大袈裟に首を動かすことで、教官に安全確認をしたと見せるのである。

 我ながら良く思い出したとも思った。

 車が来ないのは自分でもわかっていたし、うっかり乗ってしまうところだった。それほど長年付いた癖と言うのは恐ろしいものなのである。

 乗り込む前から教習は始まっている。

 以前、普通車の教習で注意されたことを、また二十年振りに言われるところだったと、胸を撫で下ろしたのだった。

「よろしくお願いします」

「はい。お願いします」

 昇るように乗り込みながら改めて挨拶を交わすと、手帳などが入ったファイルを差し出すも、教官は受け取っただけで、目も通さずに外を眺めている。それがまた早く準備しろと言わんばかりの態度に見えた。

 いそいそとシートベルトを掛けたり、椅子の位置を直したりしながらも、座席の高さはかつて乗っていた四トンそのものだと安心を覚えた。

「じゃあ、準備が出来たら出ていいよ」

「あ・・はい。あの~教習所では、やはりロー発進するんですか?」

「いや、それだと走り辛いからセコンドでいいよ」

「はい」

 ギアを二速に入れ、ゆっくりクラッチを繋いで行くと、騒がしいディーゼルエンジンと共に、三号車は動き出して行く。

 特別な感触ではなく、何度も乗ったトラックそのものだった。ただ違うのは、一般道路ではないと言うことで、描いていた場内を走っている満足感から、心なし顔は緩んでしまうのだった。

 私はミラーに写るトラックの車幅よりも、教習所ならではのハンドル操作を心掛けようと、手の位置に特に気を使いながら走っている。

 それは普段染み付いてしまった自己流の癖をどこまで出さずに、かつて普通車で教わったことをどれだけ出来るか自分自身試したかったのだ。またそんな切り替えの出来る自信もあった。

 しかしながら変速に至っては、もう温まっているはずなのに、ぎこちない感じが隠せない。きっとオートマばかり乗っているせいだとも思った。

 とは言え、そのうち慣れるだろうとたいして心配もせず、車は北の直線から東のカーブへと進んで行く。

 コース全体では長方形に丸みを帯びた楕円形で、南北の距離は差ほどなかった。そのため、ハンドルを戻したかと思うと、すぐにまた切り始めなければならず、この微妙なアールとトラックの大きめのハンドルがうまく合わせられないのか、操作する手がいかにも素人っぽくて、もどかしかった。

 注意されることはなかったにしろ、どうも納得が行かなかった。

 見た目にも単調なコースと安心していたようだが、やがて西にある建物に向かうカーブに入ると、思いのほか角度がきつく慌ててブレーキを踏む。それを見て、

「ここはちょっとカーブがきつくなってるから、入る手前で十分減速しないとね」

 と、横から一声。

「あ・・・・はい」

 そう返事をしたものの、不快どころか教習気分を盛り上げてくれる響きにも聞こえる。

(なるほど・・・・カーブと言ってもそれぞれ工夫している訳か・・・・そういや、昔来たことがあるって言っても、あの時はバイクだったから、実際に走ったのはこのコースじゃないんだ)

 建物の前を通過し、ハンドルをゆっくり右に切り出す頃になると、頭の中は一転させられ、目は徐々に近付いて来る例の屋根に釘付けになった。

 大丈夫だからと言い聞かせてみても、咄嗟に避けたくなるほど、それは私に危険な怖さを与えさせ、真下を通り過ぎるまで、じっと見つめていた。

「慣れないと怖いだろう?」

「ええ・・・・ちょっと怖いですね」

「すぐ慣れるから・・・・それとこの直線は検定なんかだと四十キロ出すように決められてるから、まぁ今日は最初だからいいけど・・・・ほら、あそこにポールが見えるだろ?」

「ええ」

「あそこで四十キロになってればいいって訳だ」

「はぁ、そうですか・・・・」

「四十って言うとたいしたことなさそうだけど、直線も短いしトラックだからけっこう踏んで行かないと大変だよ。え~と、これで外周を一回りしたことになるんだけど、今日はこの繰り返しだけだから」

 一周、約四百メートルくらいだろうか。

 ゆったりと走る教習所の車でも、正味一分もあれば回れてしまうコースであるからして、残り時間三十分なら、単純に計算しても三十周は走ることになる。

 ふと、そんなことを考えたら気が遠くなりそうになり、慌てて別のことに意識を持って行くが、所詮はつまらぬことには変わりないようだ。

 延々と場内を走って、いったいどのくらいの燃料を燃やすことになるのか。

 そして燃料代を始め教官への手当、トラックの償却費用を、大型の一時間辺りの乗車料金から差し引くと、いくら利益があるのか。

 教習中に沸いた疑問であったにしろ、改めて経営している自分の立場を思い起こさせ、笑いだしそうになる。

(やめよう・・・・今そんなこと考えるのは・・・・)

 免許を持ち過去に乗っていた経験のある私は、勘を取り戻すのにもたいした時間は必要とせず、次第にトラックの癖なども把握しだすと、車内から見える様々な情景に目を向け始めた。その芽生えた余裕が、気分をより満喫させてもくれる。

(見える・・・・道路の継ぎ目も、周りの景色も。横に居る教官がどこを見ているのかさえわかる。向こうから来る普通車に乗った人の顔は、真剣そのものだな・・・・あ~教官が何か注意しているな)

 強いて重苦しいと思えるのは、これと言った会話も無い車内の雰囲気だけで、エンジンの音だけが響いていた。

 コーナーでの今一つだったハンドルさばきも、だんだんと様になって来たようではあるが、東から南に向かう場所の路面だけは相変わらずで、波打つように荒れているせいか、通過するたびにトラックはぎくしゃくするのだった。

 ちょうど踏切を渡る感じにも似ていて、何度来てもアクセルとエンジンの回転がうまくいかず、スムーズにやろうとするほど結果は裏目だ。

 もはや屋根の突起よりも、注意はそちらに注がれていただろうか。

 ゆっくり優しくアクセルを踏んだり、強めに踏んで一気に走ったりと、自分なりにいろんなパターンを試したりするものの、どれも決定打に欠けるような気がする。

 一般道路にない路面では決してないにしても、要するに一定の遅いスピードとマッチしないのである。

 時代の経過でこうなったのか、もし意図的に作られたものだとしたら、うまいこと作ってあると感心せざるを得ない路面だった。

「ここは走り辛いですね」

 思わず口からこぼれてしまうと、

「ああ、みんなそう言うよ。ちょうど凸凹してて、特に大型だと走り辛いね」

「これは意図的に作ってあるんですかね?」

 その質問に教官は笑いながら、

「いや~そんなことはないよ。ただ古くなって荒れたんだよ。いずれは改修して奇麗にしなくちゃいけないんだろうけど、相変わらずそのままだな」

 思惑通りの答えならば、さすがだと相槌を打とうとしていた私は、言葉を発するどころか、単なるボロのコースとわかってしまえば腹立たしくもなった。

 周回をある程度重ねるに従い、緊張や感動の薄らぎを感じて来た頃、

「島田さんは、やっぱり仕事で使うんで大型取りに来たの?」

 と、教官は口を開く。

「直接は仕事って言うこともないんでしょうけど、たまに動かしたりする時があるんですよ・・・・」

「運送屋さんじゃないんだ?」

 そう言いながら教習手帳を取り出し、プロフィールなどの項目に目を走らせる。

「ええ、違います」

「アート・・ショップ・・・・Kか・・・・どんな仕事なんだい?」

「トラックのアクセサリーみたいなパーツを、販売したり取り付けたりしているんです」

「トラックのパーツ・・・・あれっ?そういえば、この間もそんな人が来てたな?」

「須藤って奴じゃないですか?」

「須藤?・・・・須藤だったっけな?あ、そうだそうだ。メガネのな。なんだ、知り合いだったんかい?」

「ええ、隣にある会社の奴なんです」 

「そうだったんかい。彼はたしかトラックに乗るなんて話してたけどな~」

「はぁ~そうですか・・・・」

「普通車もここで取ったんかい?」

「いえ、普通車は北だったんです」

「あ~北ね~。じゃあ、ここは初めて?」

「いえ、以前二輪で来たことがあるんです。かれこれ二十年も前の話ですが・・・・その時の教官が植木さんなんですよ」

「所長の?」

「ええ・・・・」

「植木所長が二輪の指導してたのは、かなり前だから、相当古い話になるね。・・・・それに、しばらく前から二輪はやってないしね」

「やってない?」

 ちょうど南を走っている時だった。

 左前方の奥の方に、バイクの教習で使っていたコースに気付いたのである。

 思わず声を上げそうになった。しかし、喉元に立ち止まったまま言葉にならず、心の内で声を噛み締めていた。

 一瞬にしていろんなことを巡り寄せてしまったらしい。

 コースとしての道は、形を残しているようにも見えるが、生い茂った雑草が手入れの行き届かないことを物語っている。閑散とする中に、いつから放置されたのか、部品を外され錆び付いたバイクが数台、どこか物悲しく放置されていた。

 バイクでも走っていれば、すぐ気が付く距離であっても、あまりに周りの景色に溶け込んでいたためか、意識の片隅にも浮かばなかった。

「もう、やめちゃったんですか?」

「いや、公認は残してあるよ。そうでないと、また始めるとき何かと大変だからね。ただ検定員の資格を持つ人が、今は植木所長しかいないんだよ」

「そうなんですか・・・・・・」

 まさか所長兼任で、一人でバイクの教習ってわけには、いかないだろうしと考えながら、数周の間、廃墟と化したコースに目を走らせれば、運転のリズムと同調するように、会話も滑らかさを増し、無言のスペースは、いつしか二人の話し声で埋められて行くのだった。

 トラックは同じところを淡々と走っている。

 堅苦しい空気は、時間の経過と共に親しみという色に染められつつあることを感じた。

 それは教官の口調からも、見受けられる。

「島田君は、結婚してるんかい?」

「ええ」

「子供は?」

「二人居ます」

「まだ小さいんかい?」

「七歳と二歳です」

「あ~、じゃあ可愛い盛りだ」

「まぁ、そうですかね・・・・」

「そのくらいが一番良いやな~。だめだよ、でっかくなると生意気になっちゃって」

「もう大きいんですか?」

「上は中二になるね。下はまだ小学生だけど、上の子の影響ってのもあるんだろうね~。年々生意気になる感じがするね」

「中学くらいになると、やっぱり違いますかね?」

「ほら、もう口が達者になってくるからね~。可愛げがないよ・・・・金も掛かるし・・・・」  しみじみと漏らしたようにも聞こえた。

「働けど働けどって感じですか?」

「本当だよ。学費だけでも大変だってのに、その上、部活とかやってるだろ。それもまたけっこう金が掛かって、父ちゃんの小遣いなんて減らされる一方だよ・・・・・・」

「はぁ・・・・奥さんも働いているんですか?」

「ああ、でないと、とてもじゃないけど俺の安月給じゃやって行けないよ。パートだからいくらか足しになる程度だけど、ないよりはいいからね」

 初対面にしては、良い聞き役に思えたらしく出て来るのは愚痴ばかりだった。それほど普段の生活に鬱憤が溜まっていたのか、やや白髪混じりの頭が、苦労の跡にも見えたりするのだった。

「・・・・・・もう、この仕事は長いんですか?」

「ああ、なんだかんだ二十五年になるかね~」

「二十五年。じゃあ、すっかりベテランですね」

「年だけはね。やってることは同じだから・・・・」

「・・・・・・でも、こういう仕事なら世間で言われてるほどの不景気とかって少ないんじゃないですか?この辺だと免許はみんな取るでしょうし・・・・」

「いや~。今は少子化ってのがあるだろ?三人居た子供が一人になれば、それだけ仕事が減るからね。だから教習所だって少ない子供の取りっこで大変だよ」

「そう言われればそうですね・・・・少子化かぁ~・・・・」

「でも大型はむしろ多くなったね」

「えっ!?そうですか・・・・」

「ほら、やっぱり企業とかのリストラで職を失ったりする人が多いんだろうな。それじゃ運転手でもやるかって資格を取りに来るんだろうね~。この時間だと予約だって少し手間取らなかった?」

「あ・・・・ええ、まぁ」

 理由の違いはあれ、何が仕事に幸いするかわからないものだと思った。

「何人兄弟だい?」

「あ・・・・二人です」

「今なら普通くらいかな。俺んところは三人だけど、最近じゃ一人なんて言う家も珍しくなくなったね。そんな家だと親も大事に育ててるから、特に学校なんかだと何かあるとすぐ親が出て来るから凄いよ」

「時々そんな話を聞いたりしますね」

「ここだって生徒もお客様々だから、特に若い人なんかだと機嫌を伺いながら教えてて、どっちが偉いんだかわかんねぇよ」

「そうなんですか~・・・・・・なんだか変わりましたね~。私が行ってた頃なんて、そりゃ~ビシビシ言われましたけどね。昔はそうじゃなかったですか?」

「昔は俺もそうだったよ。それこそ降りろなんて言って生徒を車から降ろしちゃったこともあるし、いや~もっと凄い教官だって居たよ。それがまた普通でもあったんだろうけどね」

「そうですね。教官って言うとそんなイメージが未だにあるし、そのくらい厳しく教えておいた方が、後々本人のためになると思うんですがね」

「今の子は駄目だよ。我慢ってことが出来ないから。少しでもガミガミ言うと、すぐあの教官じゃ、やだとかになっちゃうし、そんな話が上に行くと、またそれで怒られたりするしね」

「大変なんですね」

「まぁ、そんな時代になったんだろうね・・・・よし、あと一周したら車庫に入れるから」「わかりました」

 教習中であることを思い出させた一声だった。

交差点で見た色(9)

『交差点で見た色』 

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 仕事の都合で久しぶりに教習所を訪れることになった島田。

 場違いな雰囲気を感じつつも、あの頃という時間をどこか懐かしんでいたが、

 教習が進むにつれ、ある女性への関心も増していくのだった。

    ※この物語はフィクションです。登場する個人名・団体名などはすべて架空のものですが、

     素人による執筆の為、誤字、脱字等々、お見苦しい点があることを予めお断りしておきます。

 

 

「おはようございます」

「おはよう。今日もあったけぇなぁ~」

「本当ですね。そういえば島さん、今日でしたよね」

「ああ、わり~けど夕方から頼むよ」

「任せといて下さい。だけど結構楽しみにしてるでしょ。顔に書いてありますよ」

「やっぱり圭ちゃんにはバレちゃうね~。ま、気楽にやってくっから」 

 小春日和に似た朝がウソのような薄ら寒い長椅子で、取り出したタバコに火を付ければ、煙の中に今朝の一時が浮かぶ。

 見た目は冷静を装っても、やはり間際に迫る教習が気になるのだろう。今一つ落ち着けない気持ちを紛らすべく、辺りを見回したりして見るものの、視線はどういうわけだか彼女に向いてしまい、そこが唯一退屈しないで済む場所であるとばかり、何度と無く瞳に映し込んでいる。

 少し早めに来たための若干長い待ち時間は、そんなことで消化されて行くが、不思議と仕事のことは頭から消え去って浮かぶことはなかった。言い換えれば、それが圭ちゃんに対する信頼でもあったのだろう。 

 時計を眺める。

 そろそろ出掛けた方が良いかと今度は外に目をやる。コースには数台の教習車がまだ走り続けていた。

 いくらなんでもまだ早すぎるかとまた時計を見る。

 迷っていた。

 ギリギリに出て教官より遅かったでは洒落にならないし、何よりあの頃とは違うということを実践しなければならない。そんなことを頭に巡らせているうち、私はすっかり教習原本のことを忘れていることに気づくのだった。

 原本とは言わば教習所の控えで、教習を受ける際には手帳と一緒に教官に差し出さなければならず、入所時にもそれを取り出すための札をもらっていたのである。

 乗車券のことは頭にあったものの、そればかり考えていたせいか忘れてしまっていた。

 初日からとんだ恥を曝すところだったと、彼女のすぐ近くにある置き場へと向かう。まだ時間に余裕があったのが幸いだと思った。

 札と言えば古めかしいが、カードと言うには体裁が良過ぎるそれを取り出し、差し込み口に入れると、

 ギー・・・・ガッチャン・・・・ギー・・・・。

 やや騒がしい音と共に、一つのファイルが手前に押し出されて来る。

 時に間違えて出て来ることもあると聞かされていたので、引き抜きまず番号を確かめる。

 確かに自分のファイルだ。

 年期の入った他愛のない構造の機械にしては、なぜか感動さえ覚えると使い込んだ紙製の札を抜きながら思った。

 そして今度は彼女のすぐ前に置かれたお手製のバインダーの中を探し、4019と書かれたピンク色の紙を手にする。実技で教官に渡す乗車券である。

 番号の他、三号車と印が押してあった。

(三号車かぁ~。そういや、須藤はどっちの車が乗り易いって言ってたっけな~)

 以前聞いた話を思い出すように、乗車券をファイルにしまおうとすると、モノクロの写真が私の目を奪う。入所時に写した写真が原本に貼られてあったのである。

 それを眺めながら先ほどまで座って居た場所に戻ると、もう椅子はひんやりとして温もりさえ消えていた。

 体を窄め自分の写真を眺めだしても、あまり好ましい写りではなかったため見たのはほんの数秒程度。だが、することがないと言うのは怖いことで、気が付くとまた写真を見ていたりするのだった。

 どうしてこう写ってしまうのかと言う証明写真に対する疑問が、残り少ない待ち時間を消化させ、時計を眺めた私は手帳と原本をファイルに収める。

(よし。行こう)

 何か身が引き締まる緊張が私を外へと足早に運び、真っすぐ大型トラックのある車庫へと向かわせる。

 緊張を楽しむように歩いた。

 コースの北側にある車庫には、出番を待つかに二台のトラックが止められていて、その手前には教習を終えたばかりの教習車がずらりと整列している。間近に見るとどれもまだ真新しく、奇麗に磨き上げられていた。

 眩しい白の裏に担当の教官の苦労も甲斐見えたりするのだった。

 その中、後片付けか次の準備か何人かの教官と顔が合い、頭を軽く下げながら挨拶を交わす。愛想を良くと言うよりは、無意識にしたことであった。

 三号車は手前の西側に止まっていた。

 たどり着いて大きさなどを確かめるように見回し、

「これじゃ~ほとんど四トンだよ~」

 と、微笑ましく一言。

 確かに屋根前方には大型ならではのスピードランプもあり、ナンバープレートも大きい。しかし、ボディサイズは明に四トンのロングと変わらず、四トンの超ロングならこれよりもずっと長いであろう。

 いつだったかトラックを運転しているときに、実際に信号待ちで並んだ時、

「おいおい、これで大型かよ。大きさなんて変わんねぇじゃんか」

 隣の車を見ながら、そんなことも呟いたこともあった。だがそれは乗れない者の戯言だったに過ぎず、同じようなあるいは小さいトラックとて、免許が無ければ乗れないのである。

 違和感の無い大きさに安心感も増したか、目はこれから走る場内へと移った時、チャイムの音が響いた。

 その直後、

「〇〇さ~ん。〇号車・・・・〇〇さ~ん。〇号車・・・・」

 と、優しそうなアナウンスの声が、視界の中に溶け込んで行く。

(あれは彼女の声だろうか?)

 他愛もないことを考えていたら、自分の担当者の名前を聞き逃していた。とは言え、聞いたところで面識も無いのだから、どうでも良かったことには変わりがない。

(さぁ、いよいよだぞ)

 セカンドバックから口臭予防の携帯スプレーを取り出し、シュッと一吹きすると、良い緊張が口の中に弾け、担当者を探すように建物の方向を見ていた。

 渋めのドアは開いては閉じの繰り返しで、次々と人が飛び出し、時々紺色の上着が混じるとその行方を目で追ったりした。

 段取りの良い数台の普通車が、前を通り過ぎて行く。

 一向に現れない教官を待ち、ただ一人立ち尽くしていた。

 随分のんびりしてるなと思うも、開始から五分も過ぎると、本当にこの時間で良いのかと不安も沸き、乗車券を取り出し確認する。確かに間違いはない。

 こちらに向かって歩いて来る教官に気づいたのは、それから五分後だったろうか。

「大型の教習?」

 と、遅く来たためか慌ただしいような口調で聞いた。

「ええ。よろしくお願いします」

「え~と、何回か乗った?」

「いえ。初めてですけど・・・・」

「初めてか。じゃあ簡単に説明するから助手席に乗って」

 そう言い残し早々に乗り込むとエンジンを始動。植木さんとのやりとりがイメージに残っていたのか、もう少し大人としての扱いを期待していただけに、第一印象はあまり良くなかった。

 ガラガラガラ・・・・・・。

 ディーゼル特有の音と振動が伝わる中、渡した手帳に一瞬目を通すと、ギアを入れ発進させる。

 大きなフロントガラスに教習所らしい景色が広がっても、描いていたほどの感動は無かった。たぶん助手席に座っているからで雰囲気はどちらかというと、ツーマンで出掛けた運送屋を連想させたのだった。

 半周ほど走った南の辺で教官は口を開いた。 

「トラックは運転したことあるかい?」

「ええ。前に四トンに乗ってましたから」

「なら大きさは大丈夫だね?」

「はい」

「最初は外周だけなんで、スピード以外は特に気を付けることもないから・・・・」

 やや白髪が目立ち始めた四十後半の教官は、教習所内でもベテランの域に入るだろうか。

 走りだしてからの口調は穏やかで、人の良さそうな気配に安心感も芽生え出す。

 慣れ親しんだ車にしては、ギアが入れ辛いのか力が入る場面が何度と見られ、そのたびにエンジンはうなりを上げる。これから乗ろうと言う私は、もしや特有の癖でもあるのかと気になって、

「ギアが入れ辛いんですか?」

 と、思わず尋ねてしまった。

「ああ・・・・冷えてるとこれが・・・・ん・・・・入んなくってな・・・・さっきまで動いていたんなら・・・・すぐ入るんだけど、教習がなくて止まったままだったから余計だ。な~に、温まればすぐ入るようになるから大丈夫」

 やがて車は東側の建物の脇を通過して、元の北側の車庫に差しかかろうと、緩やかに右カーブを終えた時、私の視線はあるものに釘付けになった。

 出たときには全然気が付かなかったのだが、普通車の止めてある車庫のトタン屋根の一部が、道路上に突き出しているのである。

 これにはちょっと驚かされた。

 おまけにそれは高さもない。従って通常のコースを行けば間違いなくトラックの屋根をかすめるからラインを外すのだろうと考えていると、外すどころかそのまま屋根に向かって進んで行くではないか。

(平気なのか・・・・・・ぶ・・ぶつかる!)

 景色も何も目に入らず、神経はただ一点に集中させられてしまった。

 何事も無かったように通過した後、

「あの屋根は当たらないから、避けないで普通に走って大丈夫だよ」

「いや~なんだか怖いですね~」

「そうだな~。ちょっと慣れないと怖いだろうな。本当はあんなもん走るのに邪魔だし、たいして役してないから、取っぱらっちゃえばいいんだけどな」

「どのくらい余裕があるんですか?」

「計算上は五センチ空いてる訳になってるはずだよ・・・・それにまだぶつけたなんて話もないし」

「五センチですか・・・・・・」

 あまりに平然と出る言葉に、余っ程屋根よりも怖い答えだと思ってしまった。

「じゃあ、運転代わって」

 車庫を少し通り過ぎた辺りに車を止めると、そう言い残し教官はドアを開け降りて行く。急ぎの荷物でも届けに来たような、あまりに素早い動作だったため、私もつられて飛び降りてしまう。

 この反応も運送の癖だったようだ。

交差点で見た色(8)

『交差点で見た色』 

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 仕事の都合で久しぶりに教習所を訪れることになった島田。

 場違いな雰囲気を感じつつも、あの頃という時間をどこか懐かしんでいたが、

 教習が進むにつれ、ある女性への関心も増していくのだった。

    ※この物語はフィクションです。登場する個人名・団体名などはすべて架空のものですが、

     素人による執筆の為、誤字、脱字等々、お見苦しい点があることを予めお断りしておきます。

 

 

「島田さん。見て下さいっすよ」

「何だ?」

 半分にやけながら、それでいて得意そうにポケットから紙のようなものを取り出すと、須藤は私の目の前に見せた。

「おっ!仮免じゃん!もう仮免かい?はえ~な~」

「いいっしょ、仮免すよ。ようやくって感じっすけどね。まだみんなには見せてないんすよ」

 そう言って仕事場に来ている大型トラックを眺め、

「これがあれば俺ももう乗れるんすよ・・・・・・と言っても一人じゃ駄目なんすけどね」

 と、笑いながら話す顔はうれしさに満ち溢れているようにも見えた。

「じゃあ、今度は路上か?」

「そうっす。もう場内は飽きちゃって駄目っすよ」

「そうだな~同じところばっかりじゃ退屈するだろ?」

「もういいやって感じっすよ」

「よしよし、それじゃ須藤のトラックの前を走って邪魔してやるからな」

「そ・・・・それだけは勘弁して下さいっすよ~」

 楽しい会話で盛り上がった。

「今からならまだ須藤もいるだろうし、行くんだったら須藤がいる間がいいかな~?」

「そうっすよ!一緒に行きましょう?」

「可愛い子いるの?」

 思いもしない質問で、プッと吹き出して笑うも、

「いや、やっぱ教習所に来る子なんてガキばっかっすよ」

「ふ~ん・・・・・・混んでるん?」

「全然!ガラガラっすよ。予約だってバンバン取れるっすから」

「ま、そのうち考えとくよ」

 やがて仕事に戻ろうと歩き出し、

「きっと、来て下さいっすよ~!」

 須藤はそう言って振り向いたまま手を上げた。

「わかったよ~」

 話の弾みで出た返事のようでもあったが、傍らに止まっているトラックを複雑な思いで見つめた。

 時の経つのは早いもので、次に須藤がポケットから取り出して見せたものは、真新しい免許証だった。

「あっ!取れたんか?」

「ええ、やっとって感じっすよ」

「どれどれ・・・・・・あれっ?小せぇなぁ~今の免許ってこんななんか?」

「つぅかぁ~今はみんなこうっすよ」

「ウソだろ~俺のはもっとでかいよ・・・・あっ、わかったゴールドだからでかいんだ」

「そんなわけないっすよ。イマイチ顔が気に入らないんすけどね」

「まぁ、贅沢言うな。証明証の写真なんてみんなそんなもんだろ。いいんだよ。それがありゃ運転出来るんだから。お~い圭ちゃん!須藤免許取れたって」

「ええ~本当ですか?」

 足早に近寄って来るも顔はうれしそうに笑っている。

「また、須藤は偽造か何かしたんだろ?」

「もう、見て下さいっすよ。正真正銘の本物っすよ」

「あ、本当だ・・・・・・良くできてるな~」

「もう~、栗原さんは冗談きついんすから~」

「ハハハ・・・・・・冗談だよ。とにかくおめでとう。通った甲斐があったな」

「そうっすね」

「じゃあこれですぐ辞めちゃうんか?」

「いえ、とりあえずはすぐにすぐってわけじゃないっすよ。少し仕事しながら運送屋でも探して見ようかなって・・・・・・せっかく取ったんすから、乗らないともったいないっすからね」

「そうだな、それにしても俺が行くまで待ってろって言ったろ~」

「島田さん冗談ばっかりなんすから」

「そうだったな。それはそうと一応会社の人には黙ってた方がいいんだろ?」

「あ、そうっすね。仲の良い友達には話そうかと思ってるんすけど」

「わかった。じゃあ黙ってるから。な、圭ちゃん?」

「フフフフ・・・・・・」

「何だか、栗原さんの笑いは不気味っすよ」

 手にしていた免許証を返しても、私の目には大型のところにある印がはっきりと刻まれてもいた。そんな顔を圭ちゃんが見ていたような気もする。

 夕方の五時、シャッターを下ろすと、いつものように机に向かいながら事務仕事などしていた。

「圭ちゃん。明日は大川さんのハシゴの取り付けからだっけ?」

「そうですね。でも大川さんもトラックに金かけますよね~?」

「そうだな~余っ程好きなんだろうな。ま、それもうちにとっては良いお客さんなんだけど──」

「だけど、あそこまで奇麗に飾ったトラックだと、動かす方も神経使いますよね?」

「ああ・・・・・・大型でもあるしな・・・・・・」

「大型って言えば、須藤もけっこう早かったですね」

「・・・・・・圭ちゃん」

「・・・・・・なんでしょう?」

「どうだろ?俺も・・・・・・免許取りに行こうかと思ってるんだけど」

「・・・・あ、大型ですね。良いじゃないですか」

「なんだか今さらって感じもするんだけど、須藤の話聞いてたら腰を上げようかなって気になっちゃってな・・・・・・慣れって言ってもどっか引っ掛かっててしょうがねぇんだよ」

「わかりますよ~。それにオープン当初は俺も仕事覚えるのが精一杯で、とても島さん抜ける訳にはいかなかったですけど、やっぱり大型を動かす以上免許を持ってた方が何かと良いですよね。大丈夫ですよ、今だったらなんとかやれると思いますし」

「なんとかってことはねぇだろ~。圭ちゃんにまかせておきゃ~安心だって言うのも理由にあるんだぜ。それにこの時期ちょっと暇ってのもあるしな、ちょうどいいかなって──」

「やっぱり教習所に行くんですか?」

「ああ、須藤と同じところに行こうって思ってるんだけど」

「そのほうが堅くて良いですよ。あれっ?西って言えば確か行ったことあるんですよね」

「ああ。どのくらいボロのまんまか見たいってのもあるんだけどな」

「なんだか懐かしそうですね」

「圭ちゃんも西だったん?」

「いえ、俺はバイクも車も東ですよ」

「そうかぁ~。ま、そんなわけでちょっとの間、留守にするけど頼むよ。と言ってもなるべく支障のないように夕方から乗ろうと思ってるから、教習の日は時間になったら閉めて上がってくれ俺もその足で帰るから」

「まかせてください。その時間に取れないようだったら他でも構いませんよ」

「大丈夫だろ。須藤も空いてるって言ってたし、悪いな圭ちゃん」

「もぉ、何言ってるんですか。あ、お客さんには適当なこと言っておきますから」

 後日、須藤にも告げたことにより、話は一気に具体性を増し、先輩振った得意そうな口調で、須藤は質問にないことまで、実に丁寧に教えてくれたのだった。

 話はわずかに芽生える不安と言う色を薄めてくれ、朧げだった空想話を現実的に浮かばせて行く。

 これから初めて通う心境にも似ていただろうか。

 

 

  市外にある『アートショップK』と言う自分の店までは、流れの良い国道を走って四十分。混雑していて約一時間掛かかることもあり、おおよそ二十分の誤差が生じる。

 それはちょうど、市内だけで通う圭ちゃんの通勤時間でもある。

 店名はトラックを降りると話した深夜に決められ、私の和哉と圭ちゃんに共通するイニシャルを使うことで、より結束を強めようとした意味合いもあった。

 もっとも圭ちゃんの場合は名字も名前もKであったため、オーナーに間違われることも多かったようだ。

「おはようございます」

「おはよう」

「どうでした島さん?」

 五十分の通勤を終え店に車を乗り入れると、ピットの前を掃除していた圭ちゃんは薄笑いを浮かべながら聞いた。

「それがさぁ~・・・・・・」

 長い付き合いの中で培ったのか、回りくどい言葉は必要ともさせない。まさに阿吽の呼吸と言う間柄で、仕事が忙しくなるほど簡略なやり取りも激しさを増し、光景を目の当たりにする客などは時に目を白黒された。

──「しかし、よくそれだけで伝わるねぇ~」

──「ええ、なんとなくですがわかるんですよ」

 目なのか、表情なのか、それとも相手の心までもが見えるのか、ほとんど間違いもなく伝わることに慣れてしまったせいか不思議にも感じなかった。

「当時そのまんまだよ」

「え!?変わってないんですか?」

「ま、多少はあるんじゃねぇかと思うんだけど、ほとんど変わってねぇな」

「しかし、全然変わってないなんて凄いことですね~」

 話を聞いただけの圭ちゃんですら、驚きの表情なのだから、実際に見た私がタイムトリップのような錯覚に陥るのも無理はないのだと思った。

「俺もたまに前を通ったりするけど、確かに外は一緒のように見えますよね」

「いや~外だけじゃないんだって!・・・・・・そうそう、昔中型で教わった教官が所長だったよ」

「所長になってましたか?何か話たんですか?」

「ああ、ちょっとだけどね」

「島さんのこと覚えてました?」

「いや~さすがにそりゃ無理だろ~、余っ程悪たれでもした奴ならわかんねぇけどさ」

「あれっ!?島さんはそんな教習生じゃなかったんですか?」

「そう、教官ぶっとばしちゃってさ~って違うだろ!」

 俄に交通量が増え出したトラック団地の一角に、楽しそうな笑い声が響いている。

 落ち葉もすっかり風でどこかへ運ばれてしまった季節のことだった。

「いよいよ、始まりますね」

「そうだな。・・・・そうだ。最初に入所ってのがあるんだけど、それだけは変な時間にやるんだよ」

「何時だって大丈夫ですよ。そういや、入所なんてのがありましたね。なんだか懐かしく感じますね~」

「俺もすっかり忘れてたよ」

「トラックの大きさも問題ないし、教習所も初めてじゃない。余裕ですね」

「ある程度はな」

「と言うことは、話好きな島さんのことだから、やっぱり教官ですか?」

「ま、それも楽しみにあるんだけどな。きっといろんな話が聞けるんじゃないかって」

「面白い話待ってますから」

「わかった。いい土産話持って来るぜ」

 十時に店を開けちらほら客の出入りが始まると、暗黙の了解のように圭ちゃんも私もその話題に触れることはなかった。

 それは入所を済ませた四時に戻った日も同じだった。 

 街道沿いでもないことから、閉店時間はおおよそ決められていても、気分や客まかせでまちまちだったりする。六時を少し回った頃、圭ちゃんはシャッターを下ろすと、

「いつからです?」

と、こちらを見た。

「一日だ」

「一日ですか?間が空きましたね」

「そうなんだよ。須藤の話じゃすんなり取れると思ってたんだけど、結構混んでるんだよな~」

「その次も取れたんですか?」

「いや、結局取れたのはそこだけで、二週間以上は取れねぇんだって」

「だったら、他の時間は?」

「それも考えたんだけど、時間的に中途半端だしな~あんまり仕事に差し支えたくねぇし、かと言って長引いてもしょうがねぇしな、場合によっちゃ朝に回るかもしれねぇな」

「構いませんよ。状況が状況だからそのほうがいいでしょ」

「それにしても、机に向かいっぱなしってのは疲れんな」

「俺もだめですよ。仕事ならまだいいですけどね」

「確かに。面白かったのは最初だけで、あとは退屈でしょうがねぇよ。余っ程、ホーンでも付けてた方がいいよな」

「それも今日で終わりですよ。もう学科もないんですから」

「ほんとだよなぁ~。それだけでも助から~そうそう今夜は飯行こうぜ」

「大丈夫なんですか?」

「ああ、今日は圭ちゃんと食べるって言ってあっから」

 ちょうど電話が鳴ったのは、店の電気を落とそうとした七時のことだった。

「はい。アートショップKです・・・・・・誠に申し訳ありません。もう本日は終了致しまして・・・・・・・はい。明日も営業しております・・・・ええ。朝は十時より開店となりますので・・・・・・はい。申し訳ありませんね。よろしくお願いします」

 出入り口の所に立ち、こちらをずっと見たままやり取りを聞いていた圭ちゃんは、しばらく何やら考え事でもしてる顔を見せたものの、やがて優しい笑みを含んだ顔に変わって行き、それを受話器を片手に見ていた私も、つられて笑みを浮かべるのだった。

「どうしたん?圭ちゃん。うれしそうじゃねぇ?」

 だから受話器を置いた早々、私はそのことを尋ねた。

「いえ、感心していたんですよ」

「え!?何に!?」

「島さんの話し方にですよ」

「話し方!?」

「ええ。俺なんかと話す時はラフな感じなのに、相手次第でまるで別人のように切り替えられるって言うか、簡単なようでも実は難しいことだと思うんですけどね」

「本人は至って無意識なんだけどな。まぁこれも仕事や経験で身につけたことなんだろ」

「だからその切り替えが凄いんですよ。そしてそれが今の若い子には出来ないんです」

「おいおい、俺もまだ若いつもりなんだけど──」

「ハハハ・・・・そんなつもりで言ったんじゃないんですけどね」

「わかってるよ。でも、こうして圭ちゃんと喋ってるのが一番楽で俺らしいかなぁ」

「俺もそう思います」

「じゃあ行くか?」

「ええ。今日は俺ので行きましょう」

 軽く頷き乗り込むと、車は滑るように団地を抜け出し国道の光の中に紛れた。

 比較的混む時間帯にも関わらず、スムーズに流れる中をやや軽快とも言えるスピードで北へと向かう。空が澄んでいるのか星がきれいに見えた。

 横で周りの景色など眺めていても、時折、おかしな錯覚に陥り、つい目の前に無いはずのハンドルに手を伸ばそうとしてしまうことがある。

 それを圭ちゃんに何度も笑われたのだが、たまに乗る程度では思うように慣れず、リラックスしずらい助手席でもあった。

 鮮やかなイエローが目に眩しいBMWZ3ロードスター

 この車の存在も圭ちゃんがオーナーと間違われる理由のようだ。

 もっとも私が7シリーズやベンツであれば話も違うにしろ、あえてそこまでする性格でもないし、そのクラスになると嫌みっぽくて好きではない。

 自分の風格に伴う車。それが持論でもある。

 圭ちゃんも決して派手好きな方ではないにしても、さすがにこのZ3には驚かされてしまった。

 それまでの320の渋めの色合いが、より強烈な印象を与える理由になったと思うが、それほど恵まれた給料でないことを知る私としては、自分事のように支払いを心配するのだった。

「相変わらず下から滑らかだよな~!」

「三リッターほど加速は強烈じゃないですけどね」

「いや~俺にはこれだって十分だよ」

「もう時期半年もすれば車検ですよ」

 そう言いながら圭ちゃんは、タバコに火を付け窓を僅かばかり下げる。冷たい風と煙がパッと瞬時に車内に広がった。

「寒いですか?」

「いや・・・・大丈夫だよ」

「すぐ煙くなっちゃうのがこいつの悪い所ですかね。本当はトップを開けて走れば粋なんでしょうけど、どうも本物じゃないから、この時期は寒くてだめですよ」

 笑いながら話すも、やや熱いほどに感じていたヒーターだったので、むしろ心地良く思えた。

 外の光が車内に差し込んだ時、左肘すぐ脇にある灰皿に目が行く。溢れんばかりに詰め込まれた吸い殻と、その周りに飛び散っている灰。

 外回りは奇麗に磨き上げても、中は割りと気を使わず、下ろしたての新車であっても、惜しみも無くタバコを吹かす。

 このZ3の時もそうだった。むしろ気が気でないのは私の方で、

「まだ新車の香りがするうちだっていうのに、もったいねぇんじゃね~?」

 と、話せば、

「いや~汚さないで大事に乗る方が、余っ程俺にして見ればもったいないことですよ」 

と、笑う。それが圭ちゃんらしいところとも言えよう。

「圭ちゃん。そういや、智ちゃんとはどうなん?」

「・・・・あ、智美ですか・・・・相変わらずですよ。つい最近も会ったんですけどね。うまくいってるような・・・・いってないような・・・・」

 時折照らし出される吸い殻の山を、微笑ましい気持ちで眺めた時、偶然目にした赤く染められたフィルターが、このところ見かけない彼女を思い出させたのだった。

「まだ若いからですかね。智美はどっちかと言うと、俺よりもこの車に惚れてるんじゃないかって気がする時もあって・・・・」

「いくになったんだっけ?」

「二十五です」

「そうか、十歳くらい違うんだっけ」

「ええ。まぁ、もともとこれに乗り換えるなんて話も智美が言い出したことで、色だってあいつが選んだんですよ。ちょうど付き合い出した頃で、勢いで買っちゃったみたいなところもあるんですが、島さんも知ってるように、俺はどっちかというと渋めの色が好きなんですけどね。・・・・今じゃすっかり慣れて愛着も沸きましたけど・・・・」

「あ、そういや黄色はオーダーって言ったっけ?」

「え!?・・ええ」

「でも・・ほら何て言うか国産で見かける黄色と違う感じに見えるよな」

「あれ!?島さんにもわかりますか?」

 慌てて変えた話題が功を奏したのか、曇りがちな圭ちゃんの口調も一転した。

「おいおい、そのくれぇ俺だってわかるよ。なにイエローだっけ?」

ダカールイエローⅡ(ツー)です」

「お、ツーまで言うかい?」

「いや、これが島さん微妙に違うんですよ」

 そう言って圭ちゃんは笑いを顔に浮かべる。

 私も笑った。

 しかし、私の笑いの半分は、ついつまらぬことを聞いてしまったと言う笑いであり、展開次第で聞こうとしていた二人の行く末については、一先ずしまい込むことにした。

「さ~て、今夜はなんにするか?」

「そうですね~。あ、肉なんてどうですか?それも目の前で焼いてくれる店なんてのは?」

「えっ!?そんな店知ってんの?」

「ええ、まぁ・・・・」

「じゃ~決まり!」

「わかりました。じゃ、そこ曲がりますよ」

 私の左手に触れようかとする位置で、小気味よく圭ちゃんはギアを変えると、ロードスタースキール音を響かせる。

 短いシフトの前にあるアナログ時計は八時を指そうとしていた。

交差点で見た色(7)

『交差点で見た色』 

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 仕事の都合で久しぶりに教習所を訪れることになった島田。

 場違いな雰囲気を感じつつも、あの頃という時間をどこか懐かしんでいたが、

 教習が進むにつれ、ある女性への関心も増していくのだった。

       ※この物語はフィクションです。登場する個人名・団体名などはすべて架空のものですが、

        素人による執筆の為、誤字、脱字等々、お見苦しい点があることを予めお断りしておきます。

 

 

 食後のそれもビデオを見る学科であったなら、居眠りを誘うほどの暖かさに包まれた二階の一室は静かな時を刻んでいた。

 開始の時を待つ以外することのない私にとっては、退屈な時間にも感じ、同じ場所に腰掛けボーッとしている。

 まだ時間に余裕があるのか座る人もまばらで、ただでさえ人数に対し広く感じる教室が一段と広々して見えた。

 目の前は煙を交えた運転手らしき人の背中で、彼もまた時間を持て余しているようだ。

 突然、その背中がクルッと向を変えると、

「大型ですよね?」

 と、声を掛けて来たのである。

 見えない冷たい空気の壁が取り払われたような気分だった。同時に、近くにいながら黙りこくっていた、つい先ほどの自分を恥じたりもする。

 先手を取られたような不甲斐なさの中にも、うれしいくらい温かい言葉だった。

 年下に見えた彼は、どうやら私よりも大人だったようだ。

「ええ」

 と、返事をしたものの、やっぱり大型ですかは、間抜け過ぎて言い出せない。

 相手はきっかけとして使った言葉ではあるが、同じ列にいるので、わかりきったことでもあるからだ。とっさに身なりから、

「やはり仕事の関係ですか?」

 と、返す。

「ええ」

「じゃあ、今、四トンか何か乗ってて?」

「そうです。あそこに止めてあるのがそうです」

 と、外に向けて軽く指を指した。しかし、椅子に座った場所からは何も見えなかった。

「四トンじゃ、やっぱり稼げないかい?」

「いや、そうでもないんですけどね。とりあえずはまだ乗る予定はないんですよ。ただ会社が取れって言うんで、まぁ費用も出してくれるし、いいかなって」

「あ~、だったらいいね~。費用も馬鹿にならないしね」

「そうですね、けっこう安くないですし、こんなときじゃないとなかなか時間もないですしね・・・・・・やっぱりトラックに乗ってるんですか?」

「いや。前には乗ってたけどね」

「でも仕事か何かで使うんでしょ?」

「まぁ、時々乗る程度かな」

 たいした時間ではなかったが、重苦しい雰囲気が少なからず薄らいで行くように感じた。

「けっこう混んでるんですかね?」

「さぁ?どうなんでしょう」

 俄に室内に戻って来た人でざわめきだすと、チャイムの音が響いた。

「それではこの時間は簡単なテストを行います」

 小脇に用紙を抱えながら、先程の人が足早に入って来ると早々それを配り出す。

(テスト!?そんなのがあったっけな!?)

 やや疑問に思っても、手元に届いたものは見覚えのある用紙でもあった。

「テストと言っても難しいものではありません。簡単なアンケートと運転にどのくらい適しているかの調査のようなものです」

 時間内に同じ形を選んだり、素早く印を付けて行ったり簡単な計算問題もある。それで反射神経や情報判断力等を調べるようだが、何回か経験のある私は、過去どの程度まで出来たのか気になった。

 年と共に反射神経が鈍るとすれば、比べることにより一つの目安となるからだ。あいにく、手元にもなければ記憶にもなかった。

「それでは始めますよ。はい!どうぞ!」

 こんなもの何の役にも立たないと思っても、いざ始まると夢中になってしまい、時間が短くも感じた。ペンもこれほど早く動かしたりしないので、手首がおかしくなるような気もした。

 それでも真剣になってしまった。

「はい!やめ~~!それでは次のページを開いてください」

 算数はもともと得意な方ではないので、見るからに簡単な問題もなかなか進まない。それがいらだたしくもあった。焦ると余計に解らなくなり空回りしてしまう。

(ここで繰り上がるから・・・・・・)

 と、まるで小学生の計算の仕方にも似ていたが、答えが書けないよりはましだとない頭を絞った。痛感させられたのは、普段電卓の世話になっていることだった。

 質問事項ではさしずめ心理状態の分析なのだろう。

 これは時間に関係なく、担当の人がそのフレーズを読み、あるないなどに印を付けるものである。

───「運転していると~、ふと~死にたくなることがある」

 なんともそれらしく言う口調がおかしいのか、何人かがクスクスと笑った。私はそんな笑い声も含めて聞き覚えのあるフレーズだとも思った。

「はい、もしそうだと思ったら丸のところに印を付けて下さい」

(いくらなんでも、そんな奴がいるか)

 と、以前は笑ったような覚えがある。確かにあの時はそう思ったかもしれない。

 だが、不況と呼ばれる今の時代、その手のニュースは些か珍しくもなくテレビや新聞でお目にかかる。

 リストラ、就職難、そういえば明るい話題も少ないと思った。

 世の中の現状は深刻で、やがては行き詰まった人で溢れかえるのではないだろうか。明日をどうしようかと運転しているのだとすれば、なまじあり得ない話ではない。

 二十年も経つと考え方も変わるのか、笑うどころではなかった。

「・・・・・・でありますから、これらを踏まえて安全運転に役立てて下さい。はい、それではこれで終わりにしたいと思います。普通車の方はこの後・・・・・・大型の人は予約を取ればすぐ実技に入れますから、下へ行って手続きをして下さい」

 机に向かう時間から解放されることの方がうれしく、テストの結果はどうでもよかった。

 確かにこれから初めて免許を手にしようとするものなら、自己分析として興味も持つだろうし、安全運転に役立てて、スピードも出さなければ違反もしないと、新たな意欲を駆り立てられることだろう。

 悲しいかな、やがてみんな知るのだ。そんな気持ちを維持して行くことがどんなに難しいと言うことを、そしてこんなテストをやったことすらも。

(やれやれ、これでようやく実技だけになった。予約でもして帰るか)

 大型は三人だけと言うこともあり、慌てることもなく、のんびりと階段を降りて行った。

 既に二人は先にいたが予約の場所ではなく隣に並んでいて、予約の彼女の場所は、まるで私を待っているかのようにも見える。

 なんだか気分が良い。

 今度こそ予約だから調子外れの返事は聞かなくて済む。

 空いている教習所は何事もスムーズで良いなどと思いながら、彼女のところに行き、「あの~、予約を取りたいんですけど」

 と、話せば、

「初めての方は、まず乗車券をお求めになっていただけますか」

 と、これまた調子っ外れの言葉。確信していただけに余計に驚いてしまった。

「!?・・・・・・乗車券?」

「ええ、乗車券がないと予約が取れないんです」

「・・・・・・・・あ、そうですか・・・・・・え~と、それはどこで?」

「隣の窓口です」

 そう言われたとき、二人の並んでいる場所を理解した。

「わかりました」

 一度ならず二度も空振りをする姿に、さすがに今度は彼女もおかしかったらしく、目の辺りは笑っているように見えた。同時にやはり笑顔の方が似合うとも思った。

 後に並んでみても納得がいかず、知らぬ間に記憶を手繰り寄せている。それは遠い記憶でもあった。

(乗車券がないと予約は取れなかったっけな?確か予約を取るときお金を払ったような・・・・いや違うのか・・・・普通車のときはそうだったような・・・・・・)

 あまりに曖昧過ぎて答えは出ない。それどころか何か見えない力で彼女との距離を裂かれているような気さえするのだった。

「乗車券下さい」

「はい、何枚でしょう?」

「一枚いくらですか?」

 こんなやり取りの後、

「じゃあ、場内の八時間全部ください」

 と、規定である時間すべてを購入した。その都度買うのも面倒だと初めから決めていたこととは言え、すんなり予約が取れず腹立たしく思ったのか、それとも目の前の女性の言い方が気に障ったのか、さらりと簡潔に答えた。

「お待ち下さい」

 パソコンを叩き手続きをしているのを待っていると、

「明日の夕方四時は?」

 隣から聞こえた小声につい耳が傾いてしまった。それもそのはず、仕事に差し支えないようにと私も四時から乗ろうと考えていたからである。

 実際は四時半から五時半になる教習を、ここでは四時と言っていた。

 四時だと少し早めに切り上げてくる程度で、続けて二時間の教習が可能であるし、その次では日も落ち暗い中で走らなければならない。そんな状況で乗るのはあまりに乗り辛いだろうと思っていた。

 それ以外にもなるべく早く何事も無かったように取ってしまいたかったのもある。だから決められた一日の乗車時間を、フルに乗ろうと考えてもいた。

 どうやら先に乗車券を買った大型の人も同じ時間を選んでいるらしく、慌てる乞食はと、のんびりしていた自分に後悔の色も映り出す。

「それじゃ、あさっての四時、五時。その次の日は?」

 聞こえる言葉が気が気ではなく、意識は完全に予約の方へ向いている。そして四時、五時と彼が言い、彼女がはいと返事をする度に、焦りをあおられた。

(何てことだ。完全にバッティングしてるじゃねぇか~)

 こんなことを思っても、今は彼が予約しているのだからどうなるものでもない。おまけにもう一人後に控えている。頼むから両方埋めないでくれと祈るだけだった。

 彼も私同様まとめ買いしたのか、長い間居座り次々と予約を入れている。

「はい。それではこれで予約を取れますから」

 目の前の彼女の言葉は差ほど耳にも入らず、余裕でもあるのかに隣に並ぶ足取りは、半分諦めのようでもあった。

 二人目の若い彼は、朝に集中させホッとさせるが、朝がだめだと夕方に回り、またしても後でやきもきしていた。

 余っ程知り合いか何かなら、

「おい、ちょっと待てよ。俺が乗れなくなっちゃうじゃねぇか~」

 などと、冗談半分でカウンター腰に乗り出して行きたいところである。

 ここでも待つしかなかった。

 ふと大型は二台あることに気づいたことが、多少なりとも気持ちを和らげてくれるのだった。

「予約を・・・・・・」

 彼が立ち去った後、ようやく彼女のところに来たというのに、言葉は疲れたような沈んだ口調になっていた。

「はい、どうぞ」

 事務的な口調ではあるものの、普段とは違う穏やかな優しい目をしていた彼女に、

「明日の四時はどうですか?」

 と、駄目元で尋ねる。パソコンを叩きながら、

「明日はいっぱいです」

「なら、あさっては?」

「あさっての・・・・四時ですか?」

「そうです」

「いっぱいですね」

「五時でもいいんですけど」

「五時もいっぱいです」

 思惑が当たってしまったのか、既に四時、五時は埋められてしまったようだ。

「次はどうでしょう?四時か五時です」

 見えない画面が気になり、前かがみに乗り出すようにすると、予約の状況の画面がはっきりと見え、

(へぇ~、予約の画面てこうなっているのか)

 と、見慣れないものを見て楽しんだりすれば、それによって得た彼女との接近した距離もどこかうれしく感じた。

「次もいっぱいですね~」

 その声は耳元に近いために息までも届きそうなほどだ。

「四時か五時だと、いつなら空いていますか?」

 密接な時間もそれはそれで悪くはないにしろ、何度となく聞くことに焦れったくなり、質問の内容を変えた。

「四時、五時ですと・・・・・・来週の木曜になっちゃいますね」

「来週の木曜ですか?」

「はい」

「木曜はちょっと駄目だな・・・・・・金曜は?」

「金曜は両方大丈夫です」

「あ、じゃあそこでお願いします・・・・・・」

「番号は?」

「4019です」

「はいわかりました。土曜日も空いていますけど入れますか?」

「いや、土曜も都合が悪いんです」

 なんてことだ。初めて乗るのがまるまる一週間も先になってしまうとは。てっきり空いてるから一月もあれば取れると思っていたのに、とんだ思惑違いだ。

 よりによって仕事の都合がつかない木曜と土曜が空いているなんて、なんと間が悪いことか。

「再来週の月曜日は?」

「再来週ですと予約の方が取れないんです」

「取れない?」

「ええ、予約は二週間までしかとれないもので」

「そうですか・・・・」

 そう言った後、何げなく彼女の名札が目に留まると、そこには岩崎とあった。

(岩崎さんって言うのかぁ~)

 ガチャ・・・・ガタッ!

 緑色の大きめの封筒を手に持ち歩きだしながら、

(まったく、空いてるなんて言って、須藤の野郎ウソ言いやがったな・・・・・・)

 すんなり予約の取れなかったことで、思わずそんなことを思ったりもしたが、それほど根に持つほどでもなかった。